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先生の欠点は何か

2018年10月4日「木曜日」更新の日記

2018-10-04の日記のIMAGE
先生のことを執拗に観察し、あれこれ分析していくうちに、先生の欠点は何か、何か欠陥といえるものはないのか、それを探し出して書かなければ、と私は考えはじめた。まれに見る天才と時代の寵児である先生を、ペタリと食いついて、ほめるだけではつまらない。その手法は正確さを欠くし、私の研究態度にも反するので、あえて師の至らない点や悪い点を探し出し、そこに光を当ててみようと思いたったのである。だが、慎重に探しても、特に見当らない。背が低いとか高いとか、バカげた個人攻撃は別として、人間性の七色の光りを照らして先生に迫っても、何も見つけられないのである。それでは、何も欠点がないのが最大の欠点ではないか、と言いたいところだが、そう断ずるのは時期早尚。先生は高齢ながらまだまだ元気だし、これからもお逢いする機会もたくさんあるので、師の大きな微笑みを浴びながら、あえて影の部分も研究してみたいと思う。はじめて気付いたことであるが、こんな欠点のない人も珍しい。老いてますます盛ん。最近は外見や服装にも気を遣っておられ、上着はイタリヤの何とかいう一流品。下も何とかいう一流メーカーのジーパン。一着で8万円するとか。靴はイタリヤ製の革で、十何万円するとか。それを、見事に着こなす。細くてスラリとして姿勢も良いので、よく似合う。食事に同席の女性群ばかりでなく、男性群も賞讃の声をあびせるが、一流品に無頓着な私は、チンプンカンプン。それでも“先生は都会派だ”と思う。台湾の台南市の生誕地を訪問したことがあるので、余計にそう思うのだろう。つまり、ここに欠点を見出せそうである。山奥の田舎でタヌキと共に育った私には解ることだが、都会生れはカッコマンで気取り屋である。優しいと言っても表面を手でなでるようなもので、肉や骨まで届く優しさではない。だからその延長線上に浮んでくるライフスタイルは、他人のために命がけで苦労したり、損を覚悟で奉仕したりする泥くさいものではない。軽やかで、スマートな生き方をする、といえば当たっているだろうか。こんなことは欠点でもなく、なんでもないことだが、何も掘り出せないのは悔しいので、あえて書いてみることにした。先生から何かを得ようと、私なりに鋭く見て感ずることは、見れば見る程、知れば知るほど、頭が下り、感服することが多いということであり、何も見いだせない自分の方が少し残念である。でも、である。先生、長生きしてください。そのうち間違って尻尾を出すのを、私は待っています。

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